8月15日終戦の日 海の外の陸に小島にのこる民のうへやすかれとただいのるなり 昭和天皇
8月15日「終戦の日」に思い出したい歌
昭和天皇の終戦時の和歌として、以下の四首がございます。
(侍従長だった木下道雄さんが昭和四十一年に出版した『宮中見聞録』にあります。)
海の外の陸に小島にのこる民のうへ安かれとただいのるなり
爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも
身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて
国がらをただ守らんといばら道すすみゆくともいくさとめけり
今回はその一首目の歌についてご紹介します。
海の外の
陸に小島に
のこる民の
うへやすかれと
ただいのるなり
昭和天皇
現代語訳(意訳)
海外の陸地や小島に残る国民の身の上が穏やかであってほしいと、ひたすら祈るのである。
古典文法・古文単語解説
海の外
海外。外国。
やすかれ
「やすし」の命令形。
「やすし」は(心が)安らかである。穏やかである。
ただ
ひたすら。ただもう。
(いのる)なり
断定の助動詞。~である。
訳うた
海外の
陸や小島に
いる民が
無事であるよう
ひたすら祈る
和歌を味わう
この歌の背景については『昭和天皇のおほみうた』(展転社、鈴木正男)に詳しく載っていましたので引用します。
満洲、南樺太、千島、朝鮮、台湾、内南洋、それに日本軍の占領下にある大東亜共栄圏の諸地方にどれほどの日本人が居たかと云ふと、これを連合軍の管区別に示すと左の如くである。
ソ連軍管区
満洲、北鮮、樺太、千島・・・二百七十二万人
中華民国軍管区
支那本部、台湾、北ベトナム・・・二百万人
アメリカ軍管区
南鮮、フィリピン、太平洋諸島・・・九十九万人
イギリス軍管区
ビルマ、タイ、南ベトナム、マライ、スマトラ、ジャワ、セレベス、ハルマヘラ、蘭領ニューギニヤ、香港・・・七十五万人
豪州軍管区
ボルネオ、英領ニューギニヤ、ソロモン諸島・・・十四万人
合計 六百六十万人
人数に驚きですよね!
今の都道府県の人口だと、千葉県民が約630万人なので、それよりも多い人数です。
軍人だけではありません。
仕事や家族の都合で海外行っている人や、そこで生まれた子どもたちもいました。
それまでの世界での戦争では、敗戦国は勝戦国に、軍人のみの引き揚げを命じられていました。
ところがGHQは、一般民の引き揚げも命じました。
軍人軍属たると一般邦人たるとを問はず、外地の全日本人の総引揚を命じたのであつた。その総数は前述の如く六百六十万である。かやうな魔大な人間が短期間に移動すると云ふやうなことは、世界史上、未曾有のことと云ってよい。
連合国の企図は、日本の海外発展を阻止して四つの島へ全部閉ぢ込めようとする、日本弱体化政策から出たものであつた。
日本政府は困惑した。船舶がない。わづかに残存した海軍の艦艇を総動員しても、十年の歳月を要すると予想された。
今日も一日、あなたがイキイキと生きられることをお祈り申し上げます✨