わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ(元良親王)

百人一首20番
わびぬれば いまはたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞおもふ
決まり字:わび

わびぬれば
今はた同じ
難波なる
みをつくしても
逢はむとぞ思ふ
訳うた:露見して
    どうしようもない。
    もうままよ!
    身が滅ぼうと
    あなたに逢おう。

現代語訳

(あなたとの恋が露見し、逢えなくなって)
つらい状況になってしまったので、
今はもう(どうなっても)同じことです。
大阪にある澪標ではないが、
身を尽くして(命が尽きてでも、
あなたに)逢いたいと思います。

古典文法・古文単語解説

  • わびぬれば
    「わぶ」は、つらく思う・思い悩むという意味。「ぬれば」は、~てしまったので。
  • 今はた同じ
    今となっては、もうどうなっても同じだ、という投げやりな気持ち。
  • みをつくしても
    「身を尽くして」と「澪標」を掛けている。命を尽くしても、という意味。
  • 逢はむとぞ思ふ
    「む」は意志の助動詞。「ぞ」によって、結びは連体形の「思ふ」になっている。

作者・元良親王について

元良親王は、平安時代前期の皇族・歌人です。陽成天皇の皇子にあたります。

恋の露見によって相手と逢えなくなった状況でも、命をかけて逢いたいと詠んだ、強い恋情の歌です。

和歌を味わう

もうどうなってもいいから、会いたいと思ったことはありますか?

この歌では、恋が人に知られてしまい、もう隠し通せない状況になっています。作者は「わびぬれば」と、つらく苦しい思いを吐き出します。

それでも、ここまで来たならもう同じことだと考え、相手に逢うことを決意します。「みをつくし」は、命を尽くすという意味と、大阪の水路に立つ澪標を重ねた言葉です。

恋のために身を滅ぼす覚悟が、地名と景物の中に込められています。危うさを含んだ激しい歌ですが、会いたいという気持ちを止められない心の動きが、まっすぐに表れています。

☆恋の露見とは、女御(天皇の妻)との不倫の発覚です。

関連リンク

※リンク先が「見つかりません」となるページは準備中です。