逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし(中納言朝忠)
百人一首44番
あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし
決まり字:あふ
逢ふことの
絶えてしなくは
なかなかに
人をも身をも
恨みざらまし
絶えてしなくは
なかなかに
人をも身をも
恨みざらまし
訳うた:逢うチャンス
ゼロになったら
マシかもね。
逢わない君を
恨まずにすむ。
ゼロになったら
マシかもね。
逢わない君を
恨まずにすむ。
現代語訳
もし、恋人と逢うということが
まったくないものならば、
かえって、
(つれない)あの人をも、(それをつらく思う)自分をも
恨まないだろうに。

古典文法・古文単語解説
- 逢ふこと
恋人同士が逢瀬を遂げること。 - 絶えてしなくは
「絶えて」は下に打消を伴い、全く〜ない。「し」は強意。
「くは」は仮定になることをぜひ覚えましょう!
「ずは」「ずんば」と同じく仮定です。セットで覚えて。 - なかなかに
かえって、なまじ。中途半端な状態を受けて反対の方がよいという気持ち。 - 恨みざらまし
「ざら」は打消「ず」の未然形、「まし」は反実仮想。恨まずにすむだろうに、の意。
作者・中納言朝忠について
中納言朝忠は藤原朝忠のことです。平安時代中期の公卿・歌人で、三十六歌仙の一人です。
『拾遺和歌集』恋の部に収められた歌です。まったく逢えないのなら諦められるのに、時折逢えるためにかえって苦しいという心を詠みます。
和歌を味わう
和歌のソムリエ
一度も逢えないなら諦められるのに。少し逢えるから、忘れられない。
逢う機会がまったくないなら、相手を恨まずにいられるだろう。歌は、現実とは違う状況を仮定して、恋の苦しさを語ります。
「なかなかに」は、なまじ逢えるからこそつらいという逆説を受け止める語です。
完全に断たれた関係より、わずかな期待が残る関係の方が心を揺さぶることがあります。
「人をも身をも」と、相手だけでなく自分の運命まで恨むところに、思い通りにならない恋の行き場のなさが表れます。「まし」の反実仮想が、現実にはそうできないという嘆きを残します。
語呂とイラストで覚える
※語呂とイラストは歌の意味とは無関係です。
関連リンク
- 前の歌:43番「逢ひ見てののちの心にくらぶれば」権中納言敦忠
- 次の歌:45番「あはれともいふべき人は思ほえで」謙徳公
- 恋がかなわず死んでしまいそうだと詠む歌:45番「あはれともいふべき人は思ほえで」謙徳公
- 忍びきれず募る恋を詠む歌:39番「浅茅生の小野の篠原しのぶれど」参議等
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