世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる(皇太后宮大夫俊成)
百人一首83番
よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
決まり字:よのなかよ
世の中よ
道こそなけれ
思ひ入る
山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる
道こそなけれ
思ひ入る
山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる
訳うた:世を逃れ
修行しに来た
山奥も、
哀愁誘う
声で鹿鳴く。
修行しに来た
山奥も、
哀愁誘う
声で鹿鳴く。
現代語訳
この世の中というものはよ、
(つらくても逃れる)道がない。
(世を捨てようと)思いつめて入った
山の奥にも、
鹿が(悲しげな声で)鳴いているようだ。

古典文法・古文単語解説
- 世の中よ
この世よ、という呼びかけ。「よ」は詠嘆の間投助詞です。 - 道こそなけれ
逃れる手段などない。「こそ」は強意、「なけれ」は形容詞「なし」の已然形で係り結び。 - 思ひ入る
深く思いつめること。山に入る意も重ねます。 - 鹿ぞ鳴くなる
鹿が鳴いているようだ。「ぞ」の結びは「なる」(推定の助動詞「なり」の連体形)。
作者・皇太后宮大夫俊成について
皇太后宮大夫俊成は藤原俊成。
平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した歌人・歌論家です。
百人一首の撰者・藤原定家の父で、『千載和歌集』を編みました。
この歌は『千載和歌集』所収で、世を離れようとした山奥にも鹿の声が届くことを詠んでいます。
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和歌のソムリエ
人里を離れた山奥にも、心を揺らす声が届いたら?
思いつめて世を離れ、山の奥へ入っても、鹿の鳴き声が聞こえてきます。俗世の外へ出れば苦しみが消えると思ったのに、自然の声にもまた哀れを感じる。逃げ場のなさが一首を貫きます。
☆作者である藤原俊成は小倉百人一首の編者、定家のお父さんです。 鹿の声はただの物音ではなく、静かな山の中でいっそう心に響くものとして描かれています。
「思ひ入る」は、深く考え込むことと、山へ入ることの両方を響かせます。山奥は世間から離れた場所ですが、そこにも鹿の声がある。自然の哀しさまで感じ取ることで、逃れたい思いがかえって深まります。
語呂とイラストで覚える
※語呂とイラストは歌の意味とは無関係です。
関連リンク
- 前の歌:82番「思ひわびさても命はあるものを」道因法師
- 次の歌:84番「長らへばまたこのごろやしのばれむ」藤原清輔朝臣
- 宿を出ても消えない秋の寂しさを詠む歌:70番「寂しさに宿を立ち出でてながむれば」良暹法師
- 山の秋風と衣打つ音を詠む歌:94番「み吉野の山の秋風さ夜更けて」参議雅経
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