思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり(道因法師)
百人一首82番
おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
決まり字:おも
思ひわび
さても命は
あるものを
憂きに堪へぬは
涙なりけり
さても命は
あるものを
憂きに堪へぬは
涙なりけり
訳うた:悩んでも
なぜか命は
こぼれずに
つらさに耐えず
涙こぼれる
なぜか命は
こぼれずに
つらさに耐えず
涙こぼれる
現代語訳
思い悩み嘆いて(そのつらさで死んでしまうかと思われたが)、
それでも命は(こぼれ落ちずに)
あるというのに、
つらさに堪えられない(でこぼれ落ちる)のは、
(むしろ)涙のほうだったなあ。

古典文法・古文単語解説
- 思ひわび
思い悩み、途方に暮れること。恋歌によく用いられる心情語です。 - さても
そうであっても、それでも。 - あるものを
命はあるのに。「ものを」は逆接を表します。 - 憂きに堪へぬ
つらさに耐えられない。「堪へ」はハ行下二段動詞「堪ふ」の未然形、「ぬ」は打消「ず」の連体形です。
作者・道因法師について
道因法師は平安時代後期の僧・歌人で、俗名は藤原敦頼とされます。高齢になってからも歌会に参加し、和歌の上達を願った人物です。
この歌は『千載和歌集』の恋歌に収められています。恋の苦しさに命は耐えているのに、涙だけはこらえられないという逆説を詠みます。
和歌を味わう
和歌のソムリエ
命は続いているのに、涙だけは止められないことがある?
思い悩んでも命は続いている。それなのに、つらさに耐えきれず涙がこぼれる。命と涙を並べた逆説が、恋の苦しさを率直に伝えます。
歌では、命は耐えているのに涙は耐えられない、と二つを分けて語ります。心の苦しさを直接並べるよりも、こぼれる涙に注目することで、抑えようとしても抑えきれない思いが見えてきます。
「さても命はあるものを」の「ものを」が、命が残っている事実と、涙を止められない現実を結びます。生きる力と悲しみに耐える力は同じではない。その気づきが結句に置かれています。
語呂とイラストで覚える
※語呂とイラストは歌の意味とは無関係です。
関連リンク
- 前の歌:81番「ほととぎす鳴きつる方をながむれば」後徳大寺左大臣
- 次の歌:83番「世の中よ道こそなけれ思ひ入る」皇太后宮大夫俊成
- 恋心を隠し通そうとする歌:89番「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば」式子内親王
- 乾かない袖に恋の涙を託す歌:92番「わが袖は潮干に見えぬ沖の石の」二条院讃岐
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