おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣に墨染の袖(前大僧正慈円)
百人一首95番
おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで
決まり字:おほけ
おほけなく
憂き世の民に
おほふかな
わが立つ杣に
墨染の袖
憂き世の民に
おほふかな
わが立つ杣に
墨染の袖
訳うた:人々を、
厚かましくも
救いたい。
比叡の山に
来たばかりだが。
厚かましくも
救いたい。
比叡の山に
来たばかりだが。
現代語訳
身のほどもわきまえずに、
(私は)つらい現世を生きる人々に
(仏のご加護を祈って)覆いかけることであるよ。
比叡山に住みはじめた私の、
墨染めの法衣の袖を。

古典文法・古文単語解説
- おほけなく
身の程知らずに、恐れ多くも。 - 憂き世
つらい世の中。「憂し」はつらい意。 - おほふかな
覆うことだなあ。「おほふ」は袖の縁語で、ここでは仏の加護を願う意。 - 杣
木材を伐り出す山。ここでは比叡山を指します。 - 墨染の袖
黒く染めた僧衣の袖。「すみぞめ」には「墨染」と、比叡山に住み始める「住み初め」が掛けられています。
作者・前大僧正慈円について
前大僧正慈円は平安時代末期から鎌倉時代初期の僧・歌人です。
摂政関白・藤原忠通の子で、天台座主を務めました。
歴史書『愚管抄』の著者としても知られます。この歌は『千載和歌集』所収で、比叡山に立つ僧として、苦しむ民を仏の功徳で守りたいという願いを詠んでいます。
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和歌のソムリエ
自分の立場から、苦しむ人々を守りたいと思うことはある?
当時、悪疫の流行、飢饉、戦乱などにより多くの民が苦しんでいました。
「おほけなく」と自らを慎みながらも、慈円は憂き世の民を包みたいと願います。
比叡山に立つ僧の墨染めの袖が、人々を覆う大きな庇護の象徴になります。
「おほふ」は袖と結びつく動作であり、仏の功徳によって人々を守る願いにもつながります。
自分の力を誇るのではなく、僧としての立場を通して救済を願うところに、謙虚さと強い志が並びます。
語呂とイラストで覚える
※語呂とイラストは歌の意味とは無関係です。
関連リンク
- 前の歌:94番「み吉野の山の秋風さ夜更けて」参議雅経
- 次の歌:96番「花さそふ嵐の庭の雪ならで」入道前太政大臣
- 世を逃れても消えない哀しみを詠む歌:83番「世の中よ道こそなけれ思ひ入る」皇太后宮大夫俊成
- 失われた宮中の昔を偲ぶ歌:100番「百敷や古き軒端のしのぶにも」順徳院
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